地球丸フォトエッセイ

「地球はとっても丸い」プロジェクトのメンバーがお届けする、世界各地からのフォトエッセイです。
掲載写真・文章の転載については、編集部までご相談下さい。
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「地球はとっても丸い」
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第9回 bánh xèo・バインセオ −ベトナム−
連載『旅する胃袋』
文・写真:長晃枝(日本・東京)
bánh xèo・バインセオ −ベトナム−
 アジア圏の料理は、見た目や味付けがかなり違っていても、やはりどこかにあい通ずるものがあるように感じる。ベトナム料理もそのひとつ。ごはんを食べる国という印象はさほどないが、確実に米文化圏である。ただ、その米をごはんという形だけでなく、さまざまに加工して使うところにベトナムらしさがあるのだろう。

 今やすっかり世界各地で知られるようになったフォーは米から作られた麺であり、ベトナム料理といえば誰しもイメージする生春巻き、ゴイクンも米粉を蒸してつくるライスペーパーで巻かれている。そして、米粉だけの加工品だけでなく、料理にも使われる。その代表的な料理がバインセオ(地域によってはバンセオとも発音される)。ベトナムでも、おもに南部で食べられる庶民の味である。

 小麦や米などのでんぷんの粉を水やだし汁、ミルクなどで溶いた生地を焼く、というスタイルの料理は世界各国にある。日本のお好み焼きやもんじゃ焼き、フランスのクレープなどがよく知られるところ。そして、このバインセオは、日本語ではベトナム風お好み焼き、欧米ではベトナム風クレープと呼ばれることが多い。

 実は私、この◯◯風という表現には、かえってイメージから外れていると思われるものも少なくないとつねづね思っているのだが、この料理もしかり。お好み焼きともクレープとも似て非なるものである。特徴は、ベトナム料理らしく米粉を使い、ココナッツミルクで溶くというところ。これに、うこん(ターメリック)を加えてパリっと焼き上げた皮で、炒めた具を包む。こんがりと焼けた半円形の黄色い生地なので、一見おおきなオムレツのようにも見える。

 具は豚肉やエビ、もやし、玉ねぎなどの野菜を炒めたもの。特にもやしは欠かせない食材で、しゃきっと歯ごたえが残るくらいにさっと炒めたもやしと、パリッとした皮がおいしいバインセオの必須条件。そして、もうひとつ特徴的なのはその食べ方。バインセオはレタスなどたっぷりの葉物野菜とともに供される。バインセオを手でちぎって、この葉っぱでくるくると巻き、酢、ヌックマム、砂糖、唐辛子などを合わせたスイートチリソースにつけて食べるのだ。

 各国にあるこのスタイルの料理の中でも、抜群に野菜がたっぷり摂れるのが大きな魅力。ぜひ、お好み焼きやクレープとの違いを感じつつ、味わってほしい一品である。

≪長晃枝(ちょうあきえ)/プロフィール≫
東京在住。アジアを中心に、旅モノと食べモノをメインテーマに飛び回る日々。秋から冬にかけては、おいしいものが目白押し。さすがの私でも食欲が落ちるほどの暑い夏のあとだけに反動がコワイ。
第18回 アマゾンの秘薬
連載『パパイヤ・マンゴー・リオデジャネイロ』
文・写真:高橋直子(リオデジャネイロ・ブラジル)
アマゾンの秘薬
 実は今、アマゾンの植物を使用した製品の魅力にとりつかれている。といっても大手化粧品メーカーが出している、アサイーやクプアスー入りのシャンプーやクリームではない。アマゾン森林がもたらす自然の恵み、古くからインディジナに伝わる薬草で、原液や乾燥させた葉をそのまま使用する。

 きっかけは、アマゾン地方の小さな露天。小瓶がずらりと並ぶ狭い店内に、小屋を囲むように吊り下げられた奇妙な粉や乾燥植物。強心剤、整腸剤として知られるガラナ、免疫強化作用で有名なキャッツクローをはじめ、様々なアマゾンの薬草が勢ぞろいだ。現在ブラジル政府指定の保護地区で生活するインディジナをのぞき、かつての先住民たちは街で生活している。「私の家族は祖父の時代に街に来たわ。仕事をしてお金をもらって食べていく。そんな生活に慣れたから森には戻らない」という露天商のマリアさんだが、祖父の代から伝えられた知恵を生かして薬草を販売している。

 アマゾン地方で生活する人々にとって、薬草は必需品である。第一に私が購入したのは、アマゾン地方では一家に一瓶あるというアンジローバのオイルの小瓶。喉の痛み止めに、筋肉痛のマッサージに、そして虫除け、火傷、しみに効果があるとまさに万能薬。汚れも落とすので、現在化粧落としに使用中。そして大酒のみには、胃腸、肝臓にきく薬草、ベロニカ。ついでに二日酔いに良く効くカラパナウーバの粉もゲット。この二つは購入後半年ですでになくなった。コパイバは日本では高価格だというはしたない理由で購入。8レアル(約400円)。胃炎に効くとのことで、朝のミルクやジュースに1,2滴加えている。

 これらの薬草は、実はリオデジャネイロなどの都市でも購入できる。オーガニック製品を扱うショップや、薬草専門店で販売しているのだ。ブラジルにきたら、インディジナが伝える自然の恵みをぜひ試してほしい。アマゾンに足を運んだ際は、小さな露天で先住民の知恵を授かろう。あなたにぴったりの薬草が、必ず見つかるはずだ。

≪高橋直子(たかはしなおこ)/プロフィール≫
ブラジ ル在住10年目のフォトグラファー&ライター。若い情熱に惑わされてブラジルにはまり、まいた種が芽を出してはや7年。わんぱくに成長したわが子に、 読み聞かせ絵本のポルトガル語を直される毎日。ビールを片手に夜の街に出没し、サンバのステップに足を絡ませる日々を過ごす。ブラジルをあそぶブログ

第20回 あの日も遠い過去となり
連載:『サモアの想いで』
文・写真:椰子ノ木やほい(ミシガン州・アメリカ合衆国)
あの日も遠い過去となり

「ちょっくら南の島で暮らしてみよう!」というノリで南太平洋の小国サモアに、家族で飛び立ったのは1997年夏のこと。移住を果たして迎えた初日の朝。私たちが間借りすることになった家の前での記念すべき一枚だ。

「サモアンライフのはじまりはじまり〜」といったキャプションをつけたいところだが、当時長女12歳、長男9歳、次男8歳そして三男5歳の子どもたちの顔はいまひとつさえない。

 それもそのはず、“憧れ”のはずの南国生活は、家族6人が暮らすには狭過ぎる部屋、ゴキブリうようよ〜、ヤモリぞろぞろ〜、蚊もハエもぶんぶん〜、そのうえ豚がけたたましいブヒブヒ音で明け方から徘徊するという、予想外の幕開けとなり、大いに落胆、寝不足の朝を迎えたという瞬間なのだ。

 カメラを手に写真を撮っている私はまだ30代と若かった。「これから先どうなるのだろう」という不安を悟られまいと、空元気を装いながらファインダーから子どもたちを眺めたあの日はずっと遠い過去になった。

 思えば、移住当初は家族そろって、バッタバッタと病に倒れ、カルチャーショックに打ちひしがれたものだ。長女のいちばんの悩みは学校のトイレが汚いというものだった。おまけに、トイレに入るのに先生に言って鍵をあけてもらわないと入れないという常識の違いには、心底たまげたが、それがトイレットペーパー盗難防止対策だったと、あとで納得。

 当時ある悩みというのは、人間が生きるうえでの超基本的なことが主だった。米国での暮らしにどっぷりつかっていると、ここでの悩みや困りごとは、ほとんど“贅沢”なことを求めるがゆえのことに思えてならない。そんなことをふと感じる自分がいるのも、かけがえのないサモアンライフを体験したからにちがいない。

今回で、「サモアの想いで」は最終回となります。読者のみなさまありがとうございました。

≪椰子ノ木やほい/プロフィール≫
フリーランスライター。1997年のんびりゆったり子育てとシンプル&スローライフを求めて、家族(夫・子ども4人)で南太平洋の小国サモアに移住し、4年間の南国生活を楽しむ。2001年より、アメリカ合衆国・ミシガン州在住。HP「ぼへみあんぐらふぃてぃ」、サモア在住時の暮らしを綴った電子本『フィアフィアサモア』はでしたる書房で発売中。世界各地に在住のライター、フォトグラファー、コーディネーター、トランスレーターが集う場所、「海外在住メディア広場」の運営・管理人。
第8回:Cream tea クリームティー −イギリスー
連載『旅する胃袋』
文・写真:長晃枝(日本・東京)
Cream tea クリームティー
 タイトルを読んで「なんだ、今回は食べ物じゃなくてお茶の話か」と思われたみなさん、どうぞご安心を。クリームティーとは、クリームたっぷりの紅茶のことではなく、イギリスなどに古くから伝わる喫茶習慣のひとつ。遅めの午後に小腹を満たす、お茶とお菓子のことで、一般的には、たっぷりのポットティーとスコーンのセットをさす。

 イギリスのティータイムといえば、三段プレートに小さなサンドイッチやケーキが色とりどりに盛られた豪華なセットをイメージする人も多いだろう。しかし、イギリス人とて、みんながみんな、毎日そんなティータイムを過ごしているわけではない。とはいえ、夕飯のスタートが遅めのこの国では、午後のティータイムは欠かせない。そこで、このクリームティーを楽しむというわけだ。

 日本のおやつタイム、3時よりちょっと遅め、だいたい夕方の4時頃が一般的なクリームティーの時間。紅茶は、できればストレートでも楽しめるダージリンやディンブラなどすっきり系を選ぶとよいとされる。なぜなら、スコーンに添えるクロテッドクリーム(Clotted cream)がかなりヘビーだから。さらには、焼きたてのスコーンそのものや、クリームとともに欠かせないジャムの味わいを楽しむためとする説もある。ジャムは好みにもよるが、スタンダードなのはストロベリージャム。この組み合わせは、まさに絶妙の一語に尽きる。

 クロテッドクリームとは、高脂肪のミルクを弱火で煮詰め、一晩おいて表面に固まった脂肪を集めたもの。畜産が盛んなデボン州やコーンウォール州の名産のため、デボンシャークリーム(Devonshire Cream)、コーニッシュクリーム(Cornish Cream)などとも呼ばれる。表面は黄色く、クラストと呼ばれるざらつきのある膜で覆われており、その下にほんのり黄色いやわらかいクリーム層がある。60%程度とされる脂肪分も、またその味わいも、バターと生クリームの中間にあたり、ホイップドバターのような食感。スコーンには欠かせない名脇役である。

 そして、これは私のまったく個人的な見解だが、スコーンはおいしすぎてはいけない……と思う。甘味は小麦粉本来の甘味程度で、ややボソッとしていて、クロテッドクリームとジャムが加わって初めて完成される、アンサンブルのひとつのパートでなくては。ずいぶんといろいろなスコーンを食べ比べたが、東京で手に入る最近のスコーンは贅沢な材料を惜しみなく使っているのか、やけにリッチでしっとりやわらかかったりする。単体ではそれを「おいしい」というのだろうが、どうもピンとこない。

 はたして、ロンドンではイメージ通りの、上下にきれいにパカっと割れるボソッとしたスコーンに、日本ではなかなか手が出ない価格の本場もののクロテッドクリームをたっぷり、そしていちごジャムもしっかりのせて、思う存分その組み合わせの妙を堪能。ポロポロ崩れるスコーンの屑をこぼしながら「あ〜、シアワセ!」と心から感じられる午後のひとときを楽しんだのであった。

≪長晃枝(ちょうあきえ)/プロフィール≫
東京在住。アジアを中心に、旅モノと食べモノをメインテーマに飛び回る日々。この夏は、念願かなってアジア脱出! かつてはうまいものなしの悪評高かったロンドンでも、最近はけっこうおいしいものが食べられるようになったと噂には聞いていたけれど、たしかに久しぶりに訪れたロンドンでは予想を上回るおいしい旅が楽しめてよかった!

第17回 宝石の街の絞首台
連載『パパイヤ・マンゴー・ブラジル』
文・写真:高橋直子(リオデジャネイロ・ブラジル)
宝石の街の絞首台
「宝石の鉱山」、ミナスジェライス州。その昔、ダイヤモンドや金を求めて、ヨーロッパから多くの白人が押し寄せた場所だ。世界の金全体の85%が掘り出されていたというその時期は、黄金時代と呼ばれ栄えた。そしてそのために、多くの黒人奴隷がアフリカから連れてこられた土地でもある。掘り出された宝石は「Estrada Real」(王の道)と呼ばれる街道を通り、リオデジャネイロの港からヨーロッパへと渡った。街道沿いには大小の街が連なり、今でもその当時の面影を残している。バロック様式のカトリック教会、石畳の小道、街全体が植民地時代の文化遺産のようだ。

 忘れてはならないのはそのすべてが、黒人奴隷の血と汗から生み出されたということだ。そしてキリスト教を強制され、改心するものが多かった中、奴隷のための教会が各地に建てられた。ブラジルで黒人の守護神として知られる、ロザリオの聖母マリアを奉る、ロザリオ教会がそれだ。そしてまた多くの街で、ロザリオ教会とは離れた場所に、奇妙な十字架が掲げられた。ナイフやフォーク、金づちやハシゴが付いている白い十字架だ。これらはイースターのシンボルと呼ばれ、キリストの受難を偲ぶ象徴である。

 十字架のある場所はその昔、絞首台があった。売買され、過酷な労働を駆使させられた果てに、その命が奪われた場所である。黄金時代のブラジル経済を支え、そこで人生を終えざるを得なかった奴隷達の受難を、キリストのそれと重ね合わせたのだろう。

 王の道沿いのとある宿場町では、街外れにある十字架の周りは小さな広場となっていた。お年寄りは日光浴を楽しみ、子ども達が走り回るのどかな場所だ。しかしその街の高級レストランは白人で占められ、十字架のある低所得層地域には黒人しかいない。負の歴史から抜け出せないでいる、ブラジルの一面を垣間見たような気がした。

≪高橋直子(たかはしなおこ)/プロフィール≫
ブラジ ル在住10年目のフォトグラファー&ライター。若い情熱に惑わされてブラジルにはまり、まいた種が芽を出してはや7年。わんぱくに成長したわが子に、 読み聞かせ絵本のポルトガル語を直される毎日。ビールを片手に夜の街に出没し、サンバのステップに足を絡ませる日々を過ごす。ブラジルをあそぶブログ
第10回 グアテマラのレインボーバス
連載:『ソンリサ・デ・グアテマラア(グアテマラの微笑み)』
文・写真:白石みつよ(ソロラ・グアテマラ在住)
グアテマラのレインボーバス
 グアテマラには鉄道がないため、移動手段は車になる。最近自家用車を持つ人が増えているが、バスを利用する人が大多数だ。スリや強盗の被害が多い首都グアテマラシティーでは、プリペイドカード清算の機械を搭載した最新バスが導入されたが、地方へのローカルバスは昔ながらのボンネット型バスが使われている。

 アメリカのスクールバスのお下がりをカラフルな色に塗りなおし、バス会社の名前や、オーナーがつけたバスの愛称(ほとんどが女性の名前)も書かれたバスは、見ているだけでも楽しい。遠くからでも自分が乗りたいバスが分かるほど、しっかりとバスの色が定着している。グアテマラはレインボーカラーの国とも呼ばれるが、カラフルバスもこれに大きく貢献している。

 バスが色鮮やかになったのは、グアテマラの識字率に関係していると言われる。現在もグアテマラの識字率は70%を割るが、10数年前はバスの前に書かれている行き先を読めず、立ち往生する人が多かったらしい。地方と首都部を結ぶバスは、地元のオーナーが仕切っており、それならと、オリジナルカラーを車体に塗るようになった。私の住むソロラのバスは、濃い緑とクリーム色の組み合わせ。この色のバスを見つけ乗れば、字が読めなくとも安心してバスに乗ることができるのだ。それが現在にも受け継がれ、しっかりと浸透している。

 スクールバス仕様のため座席も子どもサイズだが、子どもの二人掛用に三人座るのは当たり前。座席からはみ出した人どうしが、中央の通路で上手い具合に支えあい空気椅子状態になっている。料金を払わない子どもたちは、母親の背中やひざの上にのる。それにもあぶれた子どもは座席のそばにへばりついている。

 この中をアユダンテ(助手)が運賃を徴収して回る。客の乗り降りが多くとも、それぞれどこから乗ったかちゃんと覚えている。通路にはみ出し座っている人や、通路に立っている子どもたちで隙間もないが、そこは慣れたもの。乗客を前や後ろに押しやり、座席の上を渡り、しっかり取り立てていくのだ。

 グアテマラを爆走するレインボーバス。運転手のハンドルさばき。大音量のラテン音楽、次々と乗りこんでくる物売りたち。隣の人との笑顔のやり取り。退屈する間もなく、数時間が過ぎていく。


≪白石みつよ/プロフィール≫
中米の国グアテマラ在住12年目。政府公認観光ガイド、コーディネーター、グアテマラ・中米を伝えるライターとして活動。仕事=旅は素敵な方々と出会うことのできる、私にとっての宝物。グアテマラの友だちから「光代は僕たちよりグアテマラを知ってるよね」とお褒めの言葉を頂いている・・・。ホームページ


第16回 姿を変える巨大な水の流れ
連載『パパイヤ・マンゴー・ブラジル』
文・写真:高橋直子(リオデジャネイロ・ブラジル)
姿を変える巨大な水の流れ
 世界最大の河川。世界最大の流域面積。水の量は世界の全河川の3分の2にあたるとか。

 アマゾン河。熱帯雨林のジャングルを押し破るように流れるこの河を、一言で表現することは難しい。

 初めてアマゾン河を目にしたのは、アマゾン地域最大の都市、マナウスに降り立った時である。飛行機を包み込んでしまうかのような巨大な水の流れが窓越しに広がった時、「ブラジル!」「アマゾン!」の叫び声が機内にこだました。アマゾンの巨大さ、自然の壮大さに誰もが胸をふるわせたのだ。実際アマゾン河を空から望んだ衝撃は言葉にならない。数多くの支流が交じり合い形成される、巨大な水のうねりはまさに地球最後の水資源の宝庫であり、広がる熱帯雨林は地球の肺なのだ。

 河の流れは絶えず変化しているといわれている。乾季と雨季では水面が20メートル以上も違うところがあり、乾季に陸地であったところは雨季には水に沈む。写真は雨季の終わりの様子だが、木が生い茂っている部分は次の雨季には水の底かもしれないし、その次の乾季に陸地になるのかは誰も知らない。年々雨季と乾季を繰り返すなか少しずつ姿を変えて流れ続けている。

 別の都市に移動するため、飛行機で河の真上を飛んだ。夕日に照らされ鏡のように輝く水面と大きく蛇行する中州がつくりだす風景は、まるで抽象画のようだ。次の季節にはまた形を変えるであろうその姿は、そこに潜む数々の生き物のざわめきをのみ込み、ただただ静かで大きかった。

≪高橋直子(たかはしなおこ)/プロフィール≫
ブラジ ル在住10年目のフォトグラファー&ライター。若い情熱に惑わされてブラジルにはまり、まいた種が芽を出してはや7年。わんぱくに成長したわが子に、 読み聞かせ絵本のポルトガル語を直される毎日。ビールを片手に夜の街に出没し、サンバのステップに足を絡ませる日々を過ごす。ブラジルをあそぶブログ
第7回:Pate de Coings パート・ドゥ・コワン −フランス− 
連載『旅する胃袋』
文・写真:長晃枝(日本・東京)
Pate de Coings パート・ドゥ・コワン
 フランスを訪れるのは12年ぶり。日本とも、アジアともまったく異なる空気に、香りに、色合いに、少々浮かれ気味の私。高級なフランス料理がおいしいのは、ある意味では当然のことだが、ごく日常的に食べるものがどれもこれも本当においしいのは、やはりこの国の人々の「おいしいものに対する思い」が強いからだろうとつくづく感じる。そして、その代表格がパンとチーズである。

 ちょっと歩けば、かならずboulangerie(ブーランジェリー=パン屋)とfromagerieチーズ屋)に行き当たる。もちろん、店ごとに自慢の品揃えで、お客を待つ。そのウインドーを、ウキウキワクワクしながら子どものようにのぞく自分が、ちょっと滑稽だな……と思いながらも、この上なくシアワセでもある。特に、ガラスケースの中でさまざまな色と香りに輝く、日本ではなかなかお目にかかれないか、あっても非常に高価なチーズの数々は、私にとって宝石より魅力的だ。

 しかし、今回紹介したいのは主役のチーズではなく、その主役をグッと引き立てる名脇役のほうである。お皿の上の、向かって左側に存在感たっぷりに鎮座まします羊羹……ではなく、パート・ドゥ・コワン。実際、見た目だけでなく口にしても、以前に食べたことのある「柿の羊羹」に極めて近い。

 それもそのはずで、これは果物に砂糖を加えて煮詰めて固めたもの。pate(パート、ここでは表記できないが、正しくはaの上に山型のアクセント記号)は生地、またはペースト状のもののことで、pasta(パスタ)の語源といわれる。Coings(コワン)は、マルメロと呼ばれるカリンに近い種類の果物。少しザラリとした食感とほのかな香りは、たしかにカリンのよう。ジャムなどにとろみをつけるのに使われる食物繊維であるペクチンを多く含むマルメロは、しっかり煮詰めて冷ませば自然と固まるのである。

 え、甘いの? と思われる方もおられるかもしれないが、チーズはフルコースのデザートに出てくるくらいで、また、甘いものとしょっぱいものの組み合わせは、これまた絶妙。このお皿の上のチーズも、一番奥にある丸いチーズには干したぶどうとパイナップルがまぶしてあり、手前のチーズの上に乗っているのは、しいたけの佃煮ではなく甘く煮たイチジク。このほか、塩気の強いブルーチーズには蜂蜜を合わせたりもする。

 これまで、パーティーでplateau(プラトー=盆)と呼ばれるチーズの盛り合わせにちょこっとだけ乗っていたこのパート・ドゥ・コワンを、その正体が何なのかよくわからないままに食べたことはあったが、これだけしっかり食べたのは初めて。そして、その魅力にハマってしまった。この自然な深みのある甘みと、チーズの塩気が相まって、おいしいチーズがさらにおいしくなるのだから。もちろん、さまざまなチーズとともに、自分用のおみやげに買って帰ったのはいうまでもない。


≪長晃枝(ちょうあきえ)/プロフィール≫
東京在住。アジアを中心に、旅モノと食べモノをメインテーマに飛び回る日々。この夏は、念願かなってアジア脱出! 久々に訪れたロンドン、そしてパリとパリ郊外のノルマンディーで、またまたおいしいものを堪能。
第19回 「自然との共生」を懐かしむ
連載:『サモアの想いで』
文・写真:椰子ノ木やほい(ミシガン州・アメリカ合衆国)
今日のシャワーは雨水です
 常夏の国サモアには、バケツをひっくり返したような雨が延々と続く雨季がある。その湿度といったら半端ではなく、洗濯物にまでカビがはえるほどだ。ジトジトする暑さに耐え切れず、「今日のシャワーは雨水にしておこう」と、どしゃ降りの外に飛び出した日のひとコマ。

 雨が降り続く時期には、「雨が降っていない」という“つかの間”も「ありがたい」と感じた。さわやかな貿易風のそよぐ乾季には、さらに気持ちのよい涼を運んでくれるスコールの“降る雨”にも感謝できた。

 南の島サモアでは、こうした自然の恵みのおかげで、花は次々に咲き乱れ、芝は瑞々しく、南国独特のフルーツはたわわに実をつけていた。ほとんどの村の水源はタンクに貯めた雨水だが、豊富な雨量のおかげで、水道設備のない地域もなんとか水のある暮らしができている。もっとも「自然に頼る」しかない水が、人々にとって貴重であることにかわりはない。

 こうした「自然との共生」が当たり前だったサモアを離れ、ミシガンで10回目の夏を迎えている。

 春から夏のあいだ、ハウスオーナーは庭の芝を青々とさせ、庭木を美しく保つことに躍起になる。雨乞いに頼らなくても良いように、庭には潅水システムが導入されている家も珍しくない。少々、水道代が高くつこうとも、庭じゅうの地中に埋められたホースから定期的に散水される。クリーンな水道水はときに、夕立ちの雨の中でもまかれている。スイッチを入れる手間さえ惜しみタイマーでプログラムされているからだ。

 サモアで暮らした経験を持つ私にとって、美しさを保つためとはいえ、除草剤入り肥料をたっぷり散布し、手を抜くための無駄な放水をすることがつい滑稽に見えてしまうどころか、人間のエコイズムとさえ感じてしまう。根本的な価値観がちがうここでは、人工的なあの手この手を「不自然」と感じる人は少ないかもしれない。逆に、サモアの人々が「自然との共生」を意識したうえで自然に逆らわない暮らしをしていたとも思えないが、自然に逆らわない、風土にあった暮らしを営むことは、先進国ほど難しいことなのかもしれないと思うこの頃である。

≪椰子ノ木やほい/プロフィール≫
フリーランスライター。1997年のんびりゆったり子育てとシンプル&スローライフを求めて、家族(夫・子ども4人)で南太平洋の小国サモアに移住し、4年間の南国生活を楽しむ。2001年より、アメリカ合衆国・ミシガン州在住。HP「ぼへみあんぐらふぃてぃ」、サモア在住時の暮らしを綴った電子本『フィアフィアサモア』はでしたる書房で発売中。世界各地からの子育て事情を伝える『地球で子育て! 世界のお父さん・お母さんバンザイ』 サイト運営・管理人。

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