地球丸フォトエッセイ

「地球はとっても丸い」プロジェクトのメンバーがお届けする、世界各地からのフォトエッセイです。
掲載写真・文章の転載については、編集部までご相談下さい。
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第1回 グアテマラの花嫁
連載:『ソンリサ・デ・グアテマラア(グアテマラの微笑み)』
文・写真:白石みつよ(ソロラ・グアテマラ在住)
グアテマラの花嫁
 今日はフロリンダの結婚式。彼女は、真っ白なウエディングブーケと彼女の住むソロラの民族衣装に身をつつみ、お嫁入りをする。グアテマラの国の宗教はカトリック。信者である彼女たちは、ソロラのカトリック教会で神父様に祝福され夫婦となる。

 朝一番に教会でのミサ、それが終わると一同新郎の家へ、そこでお披露目とお祝いの式がとりおこなわれる。教会から新郎の家まで離れているので、バスを借り切って移動。バスは白いふうせん、花、紙テープなどで飾られとてもにぎやかだ。

 バスと同様、華やかに飾られた新郎の家に一同が到着する頃には昼を回っており、そこで彼の家族が用意したお祝いの郷土料理プリッケが振舞われる。招待された人がそれぞれの家族を引き連れてくるので、小さな家に200人以上が押しよせている。こうして大イベントになるのがグアテマラの常だ。

 食事を終え一息つくと新婚カップルにお祝いが贈られる。祝福の言葉に、アブラソ(抱擁)そしてベソ(キス)。2人の横には色とりどりの包装紙に包まれた贈り物が山のように積みあげられていく。オラ・デ・チャピン(スペイン語でグアテマラ人時間の意味)と言うフレーズがあるほど時間にルーズなグアテマラ人。教会に行かなかった人たちも時間を気にせず次から次へとお祝いにかけつけるため、新婚の2人は休むまもなく抱擁とキスのお祝いを浴びることになり、これが何時間も続くのだ。バックグランドミュージックは、もちろん、グアテマラの国の楽器マリンバが奏でるお祝いの曲。

 にぎやかな祝いの宴がある程度落ち着くと、花嫁を残し彼女の家族、親戚、友人たちは新郎の家を去らなくてはいけない。花嫁は1週間後に自分の身の回りのものを取りに実家へ戻るまで、新しい生活に馴染むため新郎の家にこもる。恥ずかしがりやのフロリンダ。中学生の頃から知っている彼女が結婚とは。だんな様とふたり、どうぞ末永く幸せな家庭を築いていけますように……。

≪白石みつよ/プロフィール≫
中米の国グアテマラ在住10年目。政府公認観光ガイド、コーディネーター、グアテマラ・中米を伝えるライターとして活動。仕事=旅は素敵な方々と出会うことのできる、私にとっての宝物。グアテマラの友だちから「光代は僕たちよりグアテマラを知ってるよね」とお褒めの言葉を頂いている・・・。ホームページ
第2回 グアテマラに生き続けるマヤ
連載:『ソンリサ・デ・グアテマラア(グアテマラの微笑み)』
文・写真:白石みつよ(ソロラ・グアテマラ在住)
グアテマラに生き続けるマヤ
 グアテマラの誇る観光地ソロラ県アティトラン湖畔の村サンタ・カタリーナ・パロポ。この村に住むマグダレーナとミゲル夫婦の娘マリアは5歳。末っ子の甘えん坊でみんなのアイドル。マグダレーナが織った織物をミゲルが売り5人の子どもを育てている。学校が終わると小さなマリアも父親の手伝いをして民芸品を売る。最低限の暮らし、けして豊かではない生活。それなのに、ここで感じるのは豊かな時間。

 無口で厳格な父親に守られ、母親のあたたかい笑顔の中で育つ子どもたちは、くったくがないほど明るい。村の民族衣装に身をつつみ、自分たちの回りにある伝統文化をあたりまえに受け入れている。

 この地にマヤ文明が起こったのは紀元前2000年。250〜900年の黄金期には多くの都市が誕生、繁栄した。それから数千年をへてもなお、ここには彼らの子孫が守り続けるマヤが残る。21の言語。絵文書にも数多く描かれている女神イッシェルとおなじ後帯織で織られる民族衣装。王族たちが身を清めたサウナは、タマスカルと呼ばれ風呂として使われている。料理道具もしかり。マヤ世界は、宇宙に炉を設けたことにより創造されたと伝えられており、炉を支えたのはジャガー、蛇、水の3つの石。神話にもとづいた3つの石からなる炉で、現在も煮焚きをする。国立博物館に陳列されているのと同じメタテとマノで、主食のトウモロコシをはじめ、トウガラシ、カカオ、コーヒー、香辛料などを挽く。

 まるで数千年前にタイムスリップしたように感じるかもしれないが、ガスコンロ、電子レンジ、ミキサーをはじめとする電気機器も普及しており、欲しいと思えば全てがそろう。貧しいため買えないという一面もあるが、それ以上に感じるのは、多くの人がそれらを必要としていないのでは、ということだ。子どもの頃からそうだったことを、どうして変える必要があるだろうか? 彼らは疑うことなく同じ道具、方法を使い続ける。そして子どもたちがそれを受け継ぐ。

 お母さんの持ってきた料理道具のメタテとマノに思わず腰掛けてしまうマリアも、やはりサンタ・カタリーナ・パロポの女の子。彼女が村の民族衣装を着るのと同じぐらいあたりまえに、多くの民族が忘れつつある伝統という「誇り」を身につけはじめている。 


≪白石みつよ/プロフィール≫
中米の国グアテマラ在住10年目。政府公認観光ガイド、コーディネーター、グアテマラ・中米を伝えるライターとして活動。仕事=旅は素敵な方々と出会うことのできる、私にとっての宝物。グアテマラの友だちから「光代は僕たちよりグアテマラを知ってるよね」とお褒めの言葉を頂いている・・・。ホームページ
第3回 グアテマラのトウモロコシ
連載:『ソンリサ・デ・グアテマラア(グアテマラの微笑み)』
文・写真:白石みつよ(ソロラ・グアテマラ在住)
トルティーヤつくりは女性の大切な仕事の1つ。大家族のグアテマラでは一食に80枚近いトルティーヤを焼く。
 グアテマラの人は自分たちのことをオンブレ・デ・マイス=トウモロコシ人間と呼ぶ。マヤの聖典「ポポル・ウーフ」にも、人は神によりトウモロコシから創造されたとある。

 グアテマラの主食はトウモロコシ。ゆでた粒を挽いた“マサ”と呼ばれる生地を、うすく伸ばし、おせんべいのように焼いたものがトルティーヤ。首都部では朝食をシリアルやパンにすることも多いが、農村部では三食トルティーヤを食べる。朝一番、ポジョと呼ばれるかまどに火を入れると、早速トルティーヤ作りに取りかかる。家々のえんとつからうっすらと煙が昇り、マサを伸ばすために両手をパンパンとたたく音で、グアテマラの1日が始まる。

 焼きたてのトルティーヤは、塩をぱらぱらと振りかけるだけでも美味しい。トルティーヤと同じ生地をとうもろこしの葉に包み、ちまきのように蒸すタマリートも主食となる。タマリートの中にトマトソース煮のお肉を入れたチュチートスは、グアテマラ人の大好きなおやつ。その他にもとうもろこしの甘いパン、おかゆのような飲み物アトール、お祭りやイベントに欠かせないタマールなどバラエティーも豊か。またトウモロコシはマヤの神聖な4色、白、黄、黒、赤色を持つ。それぞれの色によりトルティーヤの色、味もことなり、毎食食べていても飽きることはない。

 グアテマラの大地の2/3を占める山間部に広がるトウモロコシ畑。マヤの時代と同じように雨季の前に種を植え、乾季が始まると収穫。種まきと収穫の前には神々に豊作を願う。紀元前3500年の昔から数千年以上、グアテマラの人々はトウモロコシを育て共に生きてきた。これなくしてグアテマラを語ることはできない。まさしくトウモロコシはグアテマラの生命なのだ。


≪白石みつよ/プロフィール≫
中米の国グアテマラ在住10年目。政府公認観光ガイド、コーディネーター、グアテマラ・中米を伝えるライターとして活動。仕事=旅は素敵な方々と出会うことのできる、私にとっての宝物。グアテマラの友だちから「光代は僕たちよりグアテマラを知ってるよね」とお褒めの言葉を頂いている・・・。ホームページ
第4回 グアテマラのセマナ・サンタ(復活祭)
連載:『ソンリサ・デ・グアテマラア(グアテマラの微笑み)』
文・写真:白石みつよ(ソロラ・グアテマラ在住)
ソロラのプロセシオン。教会のお世話係の人たちも、特別の民族衣装を着て一緒に歩く

 グアテマラはセマナサンタ(復活祭)が終わったばかり。国教であるカトリックの最大行事で、国を挙げて祝われる。イエスキリストがエルサレムに入場した日から、十字架にかけられ復活するまでの1週間が聖週間。学校はまるまる休み。公官庁も水曜日の午後から休みとなる。

 この期間に行われる様々な催し物の中でも一番の目玉は、キリスト様、マリア様、聖人たちをのせて担ぐ御輿のようなプロセシオン。大きなものは10m以上あり100人以上で担ぐ。一歩進んでは一歩下がり、ゆっくりゆっくり進む。5、6時間かけて町を練り歩くのだが、大きな町だと15時間以上の行進となる。重いプロセシオンをずっと担いでいることは出来ないため、事前に決められている順番で交代しながら続けられる。それぞれの教会で、プロセシオンが出る日、時間、道順もことなる。人々はそれに合せて、数時間前からプロセシオンを待つ。

 通る道にはアルフォンブラ(じゅうたん)が作られる。カラフルに色づけされたおがくず、花、果物、野菜などを利用し、何時間もかけて作られるアルフォンブラは目を見張る美しさだ。朝一番でプロセシオンが出る日には、夜通し作られる。この上をプロセシオンが通る。通過した後、残った花、果物、野菜などは、あっという間に周りで見ていた人の手の中に。毎年野菜だけでアルフォンブラを作る場所もあり、そこにはたくさんのお母さんたちが待ち構えている。

 グアテマラの誇る世界遺産の町アンティグア・グアテマラには、多くの教会があり、豪華なアルフォンブラや見ごたえのあるプロセシオンなどが目白押しで、国内外の人々が押しかけ飽和状態となる。首都グアテマラ市の大聖堂から出るプロセシオンが最も貴重なものとされ、毎年数時間テレビの生放送がされる。お香で清め、楽団が奏でる音楽とともに、練り歩く壮大なプロセシオンは息をのむ素晴らしさだ。

 それに対し地方のプロセシオンはこぢんまりしている。けれどなんともグアテマラらしい。担ぐ人たちが民族衣装なのだ。キリスト様を担ぐ男性、マリア様を担ぐ女性。それぞれが一番美しい衣装に身をつつみ参加しているのだから当たり前かもしれない。プロセシオンとともに行進する信者たちも民族衣装。私の住んでいるソロラでは、キリスト様までソロラの織物で作った服を着ていた。

 行進が終わると家に戻り、セマナサンタだけに食べられる特別なパン、「パン・デ・レカード」と、チョコレートドリンクを味わう。パンはそれぞれの家でたくさん準備をし、セマナサンタが始まると、家族、友だちや近所の人へチョコレートドリンクを添えて贈る。

 私もおすそ分けを頂いた。マヤの時代から飲まれているチョコレートドリンクとともに、パンの味比べをするのも楽しい時間だ。

 さまざまな要素が取りいれられているグアテマラのセマナサンタ。ここにも、生きているグアテマラの伝統がある。

≪白石みつよ/プロフィール≫
中米の国グアテマラ在住10年目。政府公認観光ガイド、コーディネーター、グアテマラ・中米を伝えるライターとして活動。仕事=旅は素敵な方々と出会うことのできる、私にとっての宝物。グアテマラの友だちから「光代は僕たちよりグアテマラを知ってるよね」とお褒めの言葉を頂いている・・・。HP
 



第5回 自然の色で織るグアテマラ
連載:『ソンリサ・デ・グアテマラア(グアテマラの微笑み)』
文・写真:白石みつよ(ソロラ・グアテマラ在住)
自然の色で織るグアテマラ

 グアテマラは織物の国。独特の織り模様が村ごとにあり、その数は130種以上。織り手は女性たち。家事の合間に、家の軒先で精をだす。織りあげた布は家族や自分の民族衣装にしたり、メルカド(市場)や地元のお店で売る。観光客には、ランチョンマット、バック、ポーチなどに加工して売られている。多くの女性グループが生活自立のために活動しているが、需要が供給を大きく上回っており、売れ残った織物が山積みになっているのが現状のようだ。

 そんな中、ソロラ県アティトラン湖畔のサン・ファン・ラ・ラグーナ村では、5年ほど前から天然染料の復興に力を入れ始めた。いくつか誕生した女性グループの1つが アルテサニーア・サン・ホセ。 時々、ここの友だちを訪ねる。

 ざくろ、藍の木、マリーゴールドの花、にんじんの皮、アボガドの木、ココナッツの皮、コーヒーの葉など、自分たちの身近にあるもので糸を染める。色止めにも植物を煮出したエキスを使い、100%天然素材で染めた木綿糸が生まれる。

 現在グアテマラで使われている糸は、化学染料で染めたものがほとんど。彼女たちの糸は、この何倍もの手間と費用がかかってしまうが、それだけの価値はある。自然から生まれる色、その色に染められた糸で織られた布は、出来上がったときの風合いがまったくちがう。なんともやさしい色合いで、見ているだけであたたかい気持ちになってくるのだ。手にした織物から、自然の、織り手のメッセージが伝わってくる。

 今までは、織るだけだった彼女たちも自分たちで売ることを始めた。メンバーの家の一部を使い13人が交代で店番をする。買ってくれる人たちと、直接触れあう中で生まれるアイデアも多いらしく、訪ねるたび新たな作品が登場している。

 店先で織物をする彼女たちの笑顔は、みんなの織物のようにやさしい。この村には、いつも穏やかな風が吹いている。

≪白石みつよ/プロフィール≫
中米の国グアテマラ在住10年目。政府公認観光ガイド、コーディネーター、グアテマラ・中米を伝えるライターとして活動。仕事=旅は素敵な方々と出会うことのできる、私にとっての宝物。グアテマラの友だちから「光代は僕たちよりグアテマラを知ってるよね」とお褒めの言葉を頂いている……。HP 
第6回:メルカドにあるもの
連載:『ソンリサ・デ・グアテマラア(グアテマラの微笑み)』
文・写真:白石みつよ(ソロラ・グアテマラ在住)
メルカドにあるもの
 メルカド(市場)のことを書かずして、グアテマラを語ることはできない。グアテマラ人の生活、そして胃袋を支えているのがメルカドだ。食べ物はもちろん、衣類、家具、雑貨、おもちゃ、花、家畜まで、ここでなら何でもそろう。

 常設のメルカドもあるが、それとは別に、週1、2回大きなメルカドが開かれる。近隣の村々で曜日が違うため、商売人たちはサイクルを組んで売り歩く。

 私の住むソロラは、火曜日と金曜日がメルカドの日。県庁所在地であるソロラのメルカドは特別大きく、ソロラ県内の人々がバスやピックアップトラックで押しかけ、すごい人出となる。前日から荷物は運び込まれており、朝うっすらと明るくなると同時にメルカドは始まる。通常道路である場所も売り場になり、人がやっと一人通ることができるぐらいの隙間を残しびっしりと店が並ぶ。大きな売り場もあるが、大部分を自分の家で採れた野菜や果物を売るおばさんたちが占める。買い物をする人たちが立ち止まり、交渉を始めると、そこらじゅうで大渋滞が巻き起こり、メルカドは人と物でごった返しの状態になるのだ。

 10年前、はじめてメルカドに連れてきてもらった時のことを今でもよく覚えている。売り子のおばさんたちは、みんなが揃ってソロラの民族衣装。前に積まれた野菜が買いたくて、「いくら?」と聞こうものなら「チョーカー!」と怒鳴られる。「チョーカー?」はじめて聞くスペイン語、私を睨むような顔で見ている浅黒いおばさんたちの顔。恐怖以外のなにものでもなかった。

 今では、おばさんたちは怒鳴っているのではなく、共通語のスペイン語がほとんど話せないため、知っている言葉を大声で繰り返すことや、1チョーカーは25銭ターボのことなどいろいろと学んだ。怖かったおばさんたちとも笑顔で値段交渉ができるようにもなった。

 時代の流れとともに急速に変わっているグアテマラだが、このメルカドの風景だけは変わらない。いつでもここにはグアテマラ人の生きる力が満ち溢れている。


≪白石みつよ/プロフィール≫
中米の国グアテマラ在住10年目。政府公認観光ガイド、コーディネーター、グアテマラ・中米を伝えるライターとして活動。仕事=旅は素敵な方々と出会うことのできる、私にとっての宝物。グアテマラの友だちから「光代は僕たちよりグアテマラを知ってるよね」とお褒めの言葉を頂いている……。
第7回 グアテマラ・マリンバ
連載:『ソンリサ・デ・グアテマラア(グアテマラの微笑み)』
文・写真:白石みつよ(ソロラ・グアテマラ在住)
グアテマラ・マリンバ
 マリンバはグアテマラの象徴の1つにもされている、この国になくてはならない楽器だ。木琴に似た打楽器で、木片の下に共鳴管がついている。スペイン植民地時代の16世紀初頭こちらに渡った黒人の人々により持ち込まれたアイデアが、この地域で発展し生まれたといわれている。

 昔ながらのテコマテマリンバは、木片の下にひょうたんがついている。音階ごとに大きさの違うひょうたんが並び、先端部に開けられた数ミリの穴を、豚の薄い腸でふさいでいる。そのため木片を叩くと、ひょうたんに振動が伝わり、膜が振動するので、びんびんとなんとも不思議な音が出る。

 最初は、鍵盤部分の木片にアーチ型のもち手を付け、肩からぶら下げて叩いていたというが、両端を人が持つようになり、脚がつき、共鳴管もひょうたんから木製に変わっていく。

 マリンバ製作者たちがこの楽器のための音楽も創り始め、グアテマラ全土に郷土音楽として根付いていく。19世紀、アメリカの楽器展に出品されたのがきっかけとなり、日の目を見るようになり現在に至る。

 世界のマリンバは独奏が多いが、グアテマラの場合はちょっとちがう。1台のマリンバに3~5人が並び、各自がことなる音域を、左右それぞれの手にマレット(撥)を2本ずつ持ち、オリジナルパートを奏でるのだ。1台でバラエティー豊かな音楽表現ができ、伝統音楽はもちろん、ジャズ、ワルツ、ブルース、交響曲までアレンジして弾くことができる。ギターやドラムなどと奏でるマリンバオーケストラも人気だ。

 グアテマラに欠かすことのできないマリンバ。町には必ずお抱えのマリンバ隊がおり、お祭り、結婚式、誕生日、卒業式などのイベントには必ずマリンバの音色が響いてくる。すると自然にリズムをとりメロディーを口ずみはじめてしまうグアテマラの人たち。曲にあわせ、ゆったりと、幸せそうに踊る熟年カップルを見ていると、こちらまであたたかな気持ちになる。そして、ふと気がつくと一緒にリズムをとっている自分がいる。いつの間にか、私の中にもマリンバの音がしっかりとしみこんでしまったようだ。

≪白石みつよ/プロフィール≫
中米の国グアテマラ在住11 年目。政府公認観光ガイド、コーディネーター、グアテマラ・中米を伝えるライターとして活動。ソロラの子どもたちの就学支援をする「青い空の会」代表。女の子たちと作るグアグアタールヘタ活動にいそしむ毎日。ホームページ
第8回 グアテマラの風呂敷
連載:『ソンリサ・デ・グアテマラア(グアテマラの微笑み)』
文・写真:白石みつよ(ソロラ・グアテマラ在住)
グアテマラの風呂敷
 グアテマラは織物の国。女性の民族衣装であるウィピル(上着)、コルテ(巻きスカート)、それを留める帯も織物。男性のジャケット、ズボンも織物。家で使われる小物も、様々なスタイルの織物が使われている。その中で、最も愛用されているのが「スーテ」とよばれる万能布。ミル・ウソ・デ・スーテ(1000通りの使い方があるスーテ)と言われるほど、使い回しが利く布なのだ。

 物を包み運ぶのはもちろんのこと、市場では、買ったものをその都度包み、肩にかけたり頭に載せて運ぶ。ぱっと広げれば、腰を降ろすための敷物になる。暑いときには、四つ折りにし頭へ乗せ日よけに。ショールのように体を覆い寒さも防ぐ。長細く折りたたみ肩にかけるのは、外出時の身だしなみ。家の中でも、いろいろな使われ方がされている。おばあちゃんのひざ掛け、窓辺に掛けカーテン、お客様が来たときには、テーブルクロスにも早変わりする。

「スーテ」より大きい布が「ペラッヘ」。この布にはちがう使い道がある。
村の公園や市場をはじめいたるところで、背中に何かをしょっている女性を見かける。一升餅を担ぐ子どもの姿になんとなく似ているのだが、その包みを触って、驚く。野菜や果物なのかと思いきや、「ペラッヘ」に包まれ、背負われているのは、なんと赤ちゃんなのだ。

 人の背丈ほどある布を三角形に折り、背中に乗せた赤ちゃんを布ですっぽりとくるむように背負う。お乳をあげるときや、むずかってあやすときは、半回転させ前に持ってくる。すると、ちょうど赤ちゃんの顔がお母さんと向かい会うのだ。赤ちゃんが安心して眠りはじめると、また背中へ回す。なんともうまくできている。母親だけではなく、子守をするお姉ちゃんたちも同じように背負い、あやしながら過ごす。

 風や太陽を防ぐためにかけられている布の端を上げると、そこには、あったかい背中で眠る赤ちゃんのすこやかな寝顔。父親の働く背中を見る前に、子どもたちは女性の背中で大きくなる。

≪白石みつよ/プロフィール≫
中米の国グアテマラ在住11年目。政府公認観光ガイド、コーディネーター、グアテマラ・中米を伝えるライターとして活動。仕事=旅は素敵な方々と出会うことのできる、私にとっての宝物。グアテマラの友だちから「光代は僕たちよりグアテマラを知ってるね」とお褒めの言葉を頂いている……。HP 


第9回 グアテマラの生命
連載:『ソンリサ・デ・グアテマラア(グアテマラの微笑み)』
文・写真:白石みつよ(ソロラ・グアテマラ在住)
グアテマラの生命
 中米に人類が住み始めたのは、紀元前11,000年頃にさかのぼる。諸説あるが、ベーリング海を渡ってきたモンゴロイド系の人という説が有力だ。

 もちろん、はじめは自然の恵みを採取することで人々は生きていた。家族が増え、組織だった社会が生まれてくる中で、食べ物の栽培もはじまる。

 グアテマラが位置する中米の主食はとうもろこし。農村部では1日三食。都市部でも一食は必ず食べる。とうもろこしの栽培が始まったのは紀元前3500年頃。人の親指ほどしかない「テオシント」と呼ばれるイネ科の植物が、原種といわれている。よい種を選び出し、栽培しながら改良されていく中で、現在この辺りで見られる品種となった。

 驚くべきは、現在も数千年前とほぼ同じプロセスでとうもろこしが育てられていることだ。雨が降る前に鍬で大地を耕し、畝を作る。棒で開けた深さ5cmほどの穴に、5粒のとうもろこしと3粒のインゲン豆の種をまく。インゲン豆は、フリホーレスと呼ばれる副食でとうもろこしと同様大切な食べ物である。

 雨季になり雨が大地に降り始めると、芽が出る。まっすぐ茎を伸ばしていくとうもろこし、その茎にからまるように育っていくインゲン豆。主食であるとうもろこしと副食のインゲン豆が一緒に育っていくのだ。栄養学的にも補い合っていることが科学分析の結果分かっている。

 人の知恵はなんと偉大だろう。そしてそれを守り続け、気が遠くなるほどの時間同じ方法で育て続けている、グアテマラの人々も偉大だ。

 マヤの世界には方角に色がある。太陽が出る東は赤、沈む西は黒。風が吹いてくる北が白。南は黄色でとうもろこしがシンボル。そして命が生まれ育つ場所と考えられている。

 5月末、この地を襲った台風アガサにより、深刻な被害を受けたとうもろこし栽培。グアテマラ民話にあるように、双葉の息子の助けを受けて、蔓の女王がとうもろこしを育ててくれることを祈りたい。


≪白石みつよ/プロフィール≫
中米の国グアテマラ在住10年目。政府公認観光ガイド、コーディネーター、グアテマラ・中米を伝えるライターとして活動。仕事=旅は素敵な方々と出会うことのできる、私にとっての宝物。グアテマラの友だちから「光代は僕たちよりグアテマラを知ってるよね」とお褒めの言葉を頂いている・・・。HP:ソロラ
第10回 グアテマラのレインボーバス
連載:『ソンリサ・デ・グアテマラア(グアテマラの微笑み)』
文・写真:白石みつよ(ソロラ・グアテマラ在住)
グアテマラのレインボーバス
 グアテマラには鉄道がないため、移動手段は車になる。最近自家用車を持つ人が増えているが、バスを利用する人が大多数だ。スリや強盗の被害が多い首都グアテマラシティーでは、プリペイドカード清算の機械を搭載した最新バスが導入されたが、地方へのローカルバスは昔ながらのボンネット型バスが使われている。

 アメリカのスクールバスのお下がりをカラフルな色に塗りなおし、バス会社の名前や、オーナーがつけたバスの愛称(ほとんどが女性の名前)も書かれたバスは、見ているだけでも楽しい。遠くからでも自分が乗りたいバスが分かるほど、しっかりとバスの色が定着している。グアテマラはレインボーカラーの国とも呼ばれるが、カラフルバスもこれに大きく貢献している。

 バスが色鮮やかになったのは、グアテマラの識字率に関係していると言われる。現在もグアテマラの識字率は70%を割るが、10数年前はバスの前に書かれている行き先を読めず、立ち往生する人が多かったらしい。地方と首都部を結ぶバスは、地元のオーナーが仕切っており、それならと、オリジナルカラーを車体に塗るようになった。私の住むソロラのバスは、濃い緑とクリーム色の組み合わせ。この色のバスを見つけ乗れば、字が読めなくとも安心してバスに乗ることができるのだ。それが現在にも受け継がれ、しっかりと浸透している。

 スクールバス仕様のため座席も子どもサイズだが、子どもの二人掛用に三人座るのは当たり前。座席からはみ出した人どうしが、中央の通路で上手い具合に支えあい空気椅子状態になっている。料金を払わない子どもたちは、母親の背中やひざの上にのる。それにもあぶれた子どもは座席のそばにへばりついている。

 この中をアユダンテ(助手)が運賃を徴収して回る。客の乗り降りが多くとも、それぞれどこから乗ったかちゃんと覚えている。通路にはみ出し座っている人や、通路に立っている子どもたちで隙間もないが、そこは慣れたもの。乗客を前や後ろに押しやり、座席の上を渡り、しっかり取り立てていくのだ。

 グアテマラを爆走するレインボーバス。運転手のハンドルさばき。大音量のラテン音楽、次々と乗りこんでくる物売りたち。隣の人との笑顔のやり取り。退屈する間もなく、数時間が過ぎていく。


≪白石みつよ/プロフィール≫
中米の国グアテマラ在住12年目。政府公認観光ガイド、コーディネーター、グアテマラ・中米を伝えるライターとして活動。仕事=旅は素敵な方々と出会うことのできる、私にとっての宝物。グアテマラの友だちから「光代は僕たちよりグアテマラを知ってるよね」とお褒めの言葉を頂いている・・・。ホームページ


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