地球丸フォトエッセイ

「地球はとっても丸い」プロジェクトのメンバーがお届けする、世界各地からのフォトエッセイです。
掲載写真・文章の転載については、編集部までご相談下さい。
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第1回 参鶏湯・サムゲタン−韓国−暑い韓国の夏を乗り切るスタミナ料理
連載『旅する胃袋』
文・写真:長晃枝(日本・東京)
参鶏湯(サムゲタン)
 7月も半ば過ぎには東京でも梅雨が明け、本格的な夏に入る。夏の土用は、最も暑い盛り、立秋までの18日間。旧暦で数えるので毎年変わり、今年は7月19日〜8月7日となる。

 この夏土用の期間中にある丑の日に、夏バテ防止にうなぎを食べる習慣があることは広く知られている。土用の入り当日が丑の日に当たる今年は、7月31日にも、もう1度丑の日があるので、2回チャンスがあるというわけだ。もっとも本来はうなぎでなくとも「う」のつくものを食べればよかったらしいが……。

 お隣の国、韓国にもこれに似た風習がある。土用にあたるのは三伏(サンボッ)。三伏の入りの日が初伏(チョボッ)で、終わりの日が末伏(マルボッ)そして、その中間に中伏(チュンボッ)があって、この3つの伏日(ポンナル)をまとめて三伏と呼ぶ。こちらも旧暦に基づいており、今年の初伏は7月14日、中伏は7月24日、末伏は8月13日。そしてこの伏日には、やはり夏の暑さに負けないように精のつく食べ物をとるという。

 犬鍋もそのひとつだが、さまざまな事情によりその人気はかつてほどではない。昨今は、同じく精のつく食べ物として知られる参鶏湯(サムゲタン)を食べるのが一般的。もちろん、うなぎと同じく参鶏湯そのものは一年中食べられるポピュラーなメニューで、人気店にはいつでも行列ができている。しかし、伏日ともなれば、参鶏湯を出す店はどこであれ、たくさんの人が列を成すのである。

 参鶏湯は、丸鶏のおなかにもち米、朝鮮人参、栗、にんにく、なつめを詰め込んで、じっくり煮込んだもの。特に味付けはされていないので、食べるときに塩やキムチを加えて、好みの味にする。よく煮込まれているので、肉は箸で簡単に骨からはがれるほどに柔らかく、味も淡白。素材の旨味がたっぷり出たスープととろとろのもち米は、上等の鶏粥のようで本当にやさしい味わいだ。

 こってりしたものが多い韓国料理にあって、これほどさっぱりしたものが「精のつく食べ物」というのもちょっと意外だが、辛くて濃い目の味付けの韓国料理に飽きたときにもオススメ。伏日でなくても、韓国を訪れる機会があれば、ぜひ一度、味わってみてほしい。

≪長晃枝(ちょうあきえ)/プロフィール≫
東京在住。アジアを中心として旅モノと食べモノをメインテーマに飛び回る日々。旅に出るといつも、食べられる量と食べたいものの量のバランスが合わず……着脱交換できる胃袋が欲しいと切に思う。
第2回 麻豆腐・マードウフ−中国−北京で今も親しまれる庶民の味
連載『旅する胃袋』
文・写真:長晃枝(日本・東京)
麻豆腐・マードウフ
 最初に断っておくが、タイトルに脱字はない。そう言わなければ、「婆」という字が抜けてんじゃないの? と思う人が大半だろう。

 とはいえ、似ているのは名前だけで、見た目はそもそも、豆腐にすら見えない。そして、その姿は……お世辞にもおいしそうとは言い難い。写真のものはまだ形が整っているが、一般的には小さな女の子がままごと遊びのときにふるまってくれる「泥んこのごちそう風」なのである。

 果たしてその正体は!? おおまかに説明すると、おからを醗酵させて、炒めたものだ。

 ただし、使うのは大豆ではなく緑豆。ゆでてすりつぶし、絞って豆乳を作る。そこから澱粉を取り出して春雨にするのだが、どちらかというとメインの産物はこの春雨のほうだ。

 その豆乳の絞りかすが麻豆腐の材料。まず、これを醗酵させ、さらに雪菜(シュエツァイ)、あるいは雪里紅(シュエリィホン)と呼ばれる青菜の漬物、青豆などを加えて羊の脂で炒め、唐辛子入りの油をかける……というのが、よくあるパターンのようだ。が、広く親しまれている庶民の味なので、店によって入れるものや味付けが微妙に異なるらしい。

 当然のことながら、なかなか個性的な味で、初めて食べる外国人の中には、とても受け付けない人も多いと聞く。しかし、日本人は豆や発酵食品を日常的に口にするため、抵抗なく食べられる人も少なからずいるらしい。私も今回初めて食べたのだが、見た目とはうらはらに、意外とイケる。ひと口、ふた口、さらに……とけっこう後を引くから不思議。

 酸味はさほどでもないが、塩気はかなり強い。もっとも、そこがビールのあてにピッタリなのだとか。ほとんど下戸で、おまけに苦いものと炭酸が得意ではないため、ビールを飲むことはまずない私ですら、これがビールに合いそうなのはよくわかる。

 老北京(ラオベイジン)と呼ばれる「古きよき北京」の頃から受け継がれる、まさに北京っ子のソウルフードといえる麻豆腐。庶民的な北京料理の店なら、たいていはメニューに載っているので、トライしてみてはいかが?

≪長晃枝(ちょうあきえ)/プロフィール≫
東京在住。アジアを中心として旅モノと食べモノをメインテーマに飛び回る日々。食欲の秋到来でワクワク! 晩ごはんに食べた新サンマもおいしかった〜。そろそろ新米も届く頃。世界中においしいものは数あれど、白いごはんだけはやっぱり日本のものが一番かな。
第3回 チーパーパオ −中国・マカオ− 地元で人気のB級グルメ
連載『旅する胃袋』
文・写真:長晃枝(日本・東京)
豬扒包・チーパーパオ
 マカオは食の宝庫である。もちろん、B級グルメもおいしいものが目白押し。中でも特にオススメなのが、マカオならではの味、チーパーパオだ。

 私がはじめてチーパーパオに出会ったのは、5〜6年前のこと。ひとりでふらりと入った食堂で、メニューの中に見つけたのが、「猪」「包」という字が並ぶこの料理だった。字面から、勝手に中華まんの皮に豚の角煮をはさんだようなものを想像してオーダーしたのだが、果たして私の目の前に出てきたのは……こんがり焼いたローストポークをソフトフランスのようなパンにはさんだだけのものだった。

 「やられた!」と思った。ここは中華圏でありながら、ヨーロッパ色も濃い、マカオなんだ、とあらためて実感した。しかし、こう来たかぁとしみじみ思いながら、ガブリとひと口……お、おいしい! あまり期待していなかったせいもあるのだろうが、予想外のおいしさだった。

 その後、気をつけてみるとチーパーパオはマカオ名物らしく、町中の茶餐廳(チャーチャンティン=広東語 注1)の入り口には、「豬扒包」の字が躍るのぼり旗や垂れ幕がけっこう目につく。どこもうちが本家だ、老舗だ、オリジナルだ、と言わんばかりのアピール合戦。いくつか食べ比べてみたが、いずれもそれなりにおいしいので、どれを選ぶかは、ある程度、食べる側の好みの問題だろう。

 とはいえ、やはり評判の店というのはどこにもある。

 写真はマカオでも一番人気との呼び声高い、大利來記咖啡室(タイレイロイゲイガーフェーサッ=広東語)のもの。店はマカオの中心地からははずれたタイパ島にある飾り気のないローカルな茶餐廳だが、このチーパーパオができあがる15:00ちょっと前になると、どこからともなく人々が集まってきて、あっという間に行列ができる。

 テイクアウトする人はもちろんだが、店で食べる人もここに並ばなければこの逸品にはありつけない。列に並ぶのなんて、好きでも得意でもない人々が、マナーよく順番を待つのだから、人気のほどがうかがえる。

 おいしさの秘密は、なんとこの時代に、薪をくべるオーブンを使った焼きたてパンと、秘伝のタレに漬け込んで、たっぷりの油で揚げ焼きにした、パンから大幅にはみ出したローストポーク。マカオに行く機会があったら、ぜひ長〜い橋をわたってタイパ島まで足を延ばしてほしい。きっと後悔はしないはずだから!

注1:香港、マカオによくある、軽食も揃う食堂兼喫茶店

≪長晃枝(ちょうあきえ)/プロフィール≫
東京在住。アジアを中心に、旅モノと食べモノをメインテーマに飛び回る日々。忘年会シーズンを控え、何も予定のない日は質素な食生活を……と心がけるも、おやつの誘惑にだけは勝てない毎日。
第4回:年越しそば −日本− 
連載『旅する胃袋』
文・写真:長晃枝(日本・東京)
年越しそば
 暦と食べ物とは、切っても切れない関係にある。どこの国でも、暦の上の行事に必ず食べるものがあるものだ。もちろん、日本にも。そして、年末に欠かせない食べ物といえば、年越しそば。今でも、多くの店がシャッターを下ろす中、そば屋だけは12月31日の夜まで多くの人で賑わう。

 大晦日にそばを食べるという風習は、江戸時代の中ごろに広まったという。その理由には諸説あるが、よく聞かれるのが、細長いそばにあやかって人生を長く達者に送れるように、という願いを込めて食べるという説。もっとも、この理由からすると細長ければなにもそばでなくてもいいわけである。実際、当時は細長ければなんでもよかったとする逸話もつたわっており、関西など地方によっては太く長く、運を呼ぶ「うんどん」つまりうどんを食べるところもあるらしい。

 江戸っ子らしい理由といえば、そばが切れやすいことから、その年の労苦や災難、借金などをすっぱり断ち切って新しい年を迎えるため、という説がある。宵越しの金は持たないといえば江戸っ子の気風のよさを示すが、バツの悪いことは年越ししない、というのはちょいとご都合主義が過ぎるのではなかろうか。

 一方、景気のいいところでは、年の瀬に金が集まるようにという縁起をかついだ、という説もある。金を扱う細工職人は、製作過程で散らかった金粉を集めるのに、そば粉を水で練ったものを金粉に押し付けてそれを水につけた。そば粉は水に溶けて金粉だけがそこに沈むそうだ。これにあやかって、たくさん金があつまるようにということらしい。個人的にはいささかこじつけがましいと思わなくもないが。

 このほかにも諸説あるが、いつ食べるかということにまで、バリエーションがあるのは意外である。年越しそばというくらいで、年内に残さず食べきらなければ縁起が悪いとするところがほとんどだが、年明けに食べる、あるいは、小正月と呼ばれる1月15日の前日に食べるという地域もある。

日本のような小さな国のささやかな風習にも、かつてのお国柄の違いがこれほどあるのだから、広い世界にいろいろな違いがあるのは当然のこと。互いの文化を尊重しあえる世の中になってもらいたいと願いながら、細くきりっと締まったそばを濃〜い汁で、今年のうちにとせっかちにかっこむ江戸っ子の私である。


≪長晃枝(ちょうあきえ)/プロフィール≫
東京在住。アジアを中心に、旅モノと食べモノをメインテーマに飛び回る日々。いよいよ今年もおしまい。よく食べたなぁ。新しい年も、また新しい味を求めて、未踏の地に行こう…行きたい……行けるといいな。
第5回 湯圓・タンユェン −中国−
連載『旅する胃袋』
文・写真:長晃枝(日本・東京)
湯圓・タンユェン −中国−
 日本では、ニュースなどで「暦の上では今日が……」というセリフを耳にするのみだが、中国をはじめとしたアジア諸国では、年中行事は今もなおこの旧暦(陰暦、農暦などともいう)に基づいて行われる。中でも最も重要な行事のひとつ、一年の始まりである正月も、もちろん旧暦ベース。つまり、世界標準でいうところのカレンダー上では、毎年正月の日が異なるということになる。

 今年の旧暦の正月は、去る2月14日だった。家族で過ごす大切な日である正月とバレンタインデーが重なって、中国の若ものの悩みのタネだ、などというウワサもちらほら。ともあれ、やっぱり多くの人々が家族とともに、春節と呼ばれる中国のお正月を迎えるようだ。そしてこの春節はなんと2週間たっぷりある。

 その春節の最後の日にあたるのが、元宵節。陰暦ベースなので、もちろんよりどころは月。元宵節は新月である元旦から数えて15日目なので年の最初の満月にあたる。その満月の夜に、家族揃って家庭円満を願っていただくのが、丸いお団子を食べるというのが昔からの習わしだ。

そのお団子が、湯圓(タンユェン=中国語の標準語である普通語)と呼ばれる、白玉のようなお団子。小豆やゴマ、ピーナッツなど、いろいろな餡が入った大きめのもので、ほんのり甘いシロップというか、スープに入っている。

 この湯圓はおもに南方のもので、広東語ではトーンユンと読み、同じ読みで湯丸と書くこともあるようだ。こちらは、生地をつくって餡を包むという作り方。北方では餡のまわりに粉をまぶすという作り方で、湯圓ではなく元宵と呼ばれる。

 北京の友達からもらった「もうすぐお団子を食べて、お正月は終わり」というメールはこの元宵のこと、「毎年、いろんな種類が出るのが楽しみ。今年は低糖、キシリトール入りにしてみようかな」という上海の友人からのメールは湯圓のこと、なのかな。

 横浜の中華街に行けば、出来上がった冷凍の湯圓が買えるけれど、私は東京で、こし餡に練りゴマを混ぜたものを白玉粉で作った生地で包んで作ってみた。元宵節より一足お先にお味見。うん、お手軽に作ったわりにはなかなか。お汁粉よりもさっぱりして、たくさん食べられるのもうれしい。

 今年も世界が円満ないい年になりますように!

≪長晃枝(ちょうあきえ)/プロフィール≫
東京在住。アジアを中心に、旅モノと食べモノをメインテーマに飛び回る日々。今年の日本のお正月はどっぷり仕事だったので、お正月気分は旧正月で味わうことに。さて、新しい年は、どこで、どんな、おいしいものに出会えるかな?
第5回 湯圓・タンユェン −中国−
連載『旅する胃袋』
文・写真:長晃枝(日本・東京)
湯圓・タンユェン −中国−
 日本では、ニュースなどで「暦の上では今日が……」というセリフを耳にするのみだが、中国をはじめとしたアジア諸国では、年中行事は今もなおこの旧暦(陰暦、農暦などともいう)に基づいて行われる。中でも最も重要な行事のひとつ、一年の始まりである正月も、もちろん旧暦ベース。つまり、世界標準でいうところのカレンダー上では、毎年正月の日が異なるということになる。

 今年の旧暦の正月は、去る2月14日だった。家族で過ごす大切な日である正月とバレンタインデーが重なって、中国の若ものの悩みのタネだ、などというウワサもちらほら。ともあれ、やっぱり多くの人々が家族とともに、春節と呼ばれる中国のお正月を迎えるようだ。そしてこの春節はなんと2週間たっぷりある。

 その春節の最後の日にあたるのが、元宵節。陰暦ベースなので、もちろんよりどころは月。元宵節は新月である元旦から数えて15日目なので年の最初の満月にあたる。その満月の夜に、家族揃って家庭円満を願っていただくのが、丸いお団子を食べるというのが昔からの習わしだ。

そのお団子が、湯圓(タンユェン=中国語の標準語である普通語)と呼ばれる、白玉のようなお団子。小豆やゴマ、ピーナッツなど、いろいろな餡が入った大きめのもので、ほんのり甘いシロップというか、スープに入っている。

 この湯圓はおもに南方のもので、広東語ではトーンユンと読み、同じ読みで湯丸と書くこともあるようだ。こちらは、生地をつくって餡を包むという作り方。北方では餡のまわりに粉をまぶすという作り方で、湯圓ではなく元宵と呼ばれる。

 北京の友達からもらった「もうすぐお団子を食べて、お正月は終わり」というメールはこの元宵のこと、「毎年、いろんな種類が出るのが楽しみ。今年は低糖、キシリトール入りにしてみようかな」という上海の友人からのメールは湯圓のこと、なのかな。

 横浜の中華街に行けば、出来上がった冷凍の湯圓が買えるけれど、私は東京で、こし餡に練りゴマを混ぜたものを白玉粉で作った生地で包んで作ってみた。元宵節より一足お先にお味見。うん、お手軽に作ったわりにはなかなか。お汁粉よりもさっぱりして、たくさん食べられるのもうれしい。

 今年も世界が円満ないい年になりますように!

≪長晃枝(ちょうあきえ)/プロフィール≫
東京在住。アジアを中心に、旅モノと食べモノをメインテーマに飛び回る日々。今年の日本のお正月はどっぷり仕事だったので、お正月気分は旧正月で味わうことに。さて、新しい年は、どこで、どんな、おいしいものに出会えるかな?
第6回:小籠包・シャオロンパオ −台湾− 
載『旅する胃袋』
文・写真:長晃枝(日本・東京)
小籠包・シャオロンパオ 
 おいしいものが町じゅうにあふれる美食天国、台湾。訪れるたび、食べたいものの種類が、食べられる量のキャパをはるかに超えることを悔しく思う。たっぷり食べたらホテルに帰って、着脱式の予備の胃袋と付け替えられたらどんなにいいだろう……とありえない妄想が頭の中を駆け巡るくらい。

その台湾で、絶対に食べたい庶民派グルメの代表格といえば、小籠包。台北には、かのニューヨーク・タイムズ誌で世界の10大レストランにも選ばれたことのある名店があり、連日大行列の盛況ぶり。今回も、うっかり昼前頃に店の前に到着したら、どの順に案内されるのかわからないほどの人々が歩道にあふれかえっていて、諦めて翌日のおやつタイムに出直した。

 さて、その小籠包、ご存知とは思うが説明しておこう。簡単に言えば、小麦粉で作った皮でひき肉のタネを包んで蒸したものだ。ただし、饅頭ではないので皮はあくまで薄く、中の具が透けて見えるほど。そして、中には肉だけでなく、たっぷりのスープが入っているのが特徴だ。どうやってスープを皮に包むのかというと、鶏ガラスープとひき肉を合わせて冷やし、鶏ガラから出たゼラチン質が煮こごりになって固まるのを利用するのである。それを包んでから蒸すと、皮の中でスープに戻るというワザだ。

 このスープがおいしいことこの上ないのだが、当然のことながら、アツアツ! いくらおいしそうだから、そしてひと口大だからといっても、パクっといくとヤケドすることになる。おまけに私は猫舌ぎみ。でも、熱くておいしいうちに食べたい……。

 そんな私のジレンマを解決すべく、現地の人が教えてくれた食べ方がある。レンゲに小籠包と黒酢と針生姜を乗せたら、皮の一部を箸で小さく破く。すると美味しいスープがレンゲにジュワッあふれ、黒酢と混ざる。これをフーフーして、ヤケドしないくらいになったところでスープをこぼさないように一気にレンゲの上のモノ全部を口に入れる。これでバッチリ! おかげでどんどん食べられてしまうのが難点だが。

 これほど台湾グルメの象徴でありながら、実はこの小籠包、台湾料理ではない。実は、上海郊外の南翔という町で生まれたもの。上海きっての観光名所、豫園にある「南翔饅頭店」には、本場の味を求める世界各地の人が行列をなしている。日本人にはおなじみの「ショーロンポー」という読みも、「上海語」と呼ばれる上海地方の方言だ。

 しかし、台湾における小籠包は、いまやすっかり地元の味として定着。広く庶民に愛されている。そして私は、台湾でも上海でも、それぞれにおいしい小籠包を味わえるシアワセに感謝しつつ、追加のセイロを注文するのである。


≪長晃枝(ちょうあきえ)/プロフィール≫
東京在住。アジアを中心に、旅モノと食べモノをメインテーマに飛び回る日々。「食」についてはまだまだ興味の尽きないアジアだが、もっといろんな味に出会いたい……ということで、当面の目標はアジア脱出!
第7回:Pate de Coings パート・ドゥ・コワン −フランス− 
連載『旅する胃袋』
文・写真:長晃枝(日本・東京)
Pate de Coings パート・ドゥ・コワン
 フランスを訪れるのは12年ぶり。日本とも、アジアともまったく異なる空気に、香りに、色合いに、少々浮かれ気味の私。高級なフランス料理がおいしいのは、ある意味では当然のことだが、ごく日常的に食べるものがどれもこれも本当においしいのは、やはりこの国の人々の「おいしいものに対する思い」が強いからだろうとつくづく感じる。そして、その代表格がパンとチーズである。

 ちょっと歩けば、かならずboulangerie(ブーランジェリー=パン屋)とfromagerieチーズ屋)に行き当たる。もちろん、店ごとに自慢の品揃えで、お客を待つ。そのウインドーを、ウキウキワクワクしながら子どものようにのぞく自分が、ちょっと滑稽だな……と思いながらも、この上なくシアワセでもある。特に、ガラスケースの中でさまざまな色と香りに輝く、日本ではなかなかお目にかかれないか、あっても非常に高価なチーズの数々は、私にとって宝石より魅力的だ。

 しかし、今回紹介したいのは主役のチーズではなく、その主役をグッと引き立てる名脇役のほうである。お皿の上の、向かって左側に存在感たっぷりに鎮座まします羊羹……ではなく、パート・ドゥ・コワン。実際、見た目だけでなく口にしても、以前に食べたことのある「柿の羊羹」に極めて近い。

 それもそのはずで、これは果物に砂糖を加えて煮詰めて固めたもの。pate(パート、ここでは表記できないが、正しくはaの上に山型のアクセント記号)は生地、またはペースト状のもののことで、pasta(パスタ)の語源といわれる。Coings(コワン)は、マルメロと呼ばれるカリンに近い種類の果物。少しザラリとした食感とほのかな香りは、たしかにカリンのよう。ジャムなどにとろみをつけるのに使われる食物繊維であるペクチンを多く含むマルメロは、しっかり煮詰めて冷ませば自然と固まるのである。

 え、甘いの? と思われる方もおられるかもしれないが、チーズはフルコースのデザートに出てくるくらいで、また、甘いものとしょっぱいものの組み合わせは、これまた絶妙。このお皿の上のチーズも、一番奥にある丸いチーズには干したぶどうとパイナップルがまぶしてあり、手前のチーズの上に乗っているのは、しいたけの佃煮ではなく甘く煮たイチジク。このほか、塩気の強いブルーチーズには蜂蜜を合わせたりもする。

 これまで、パーティーでplateau(プラトー=盆)と呼ばれるチーズの盛り合わせにちょこっとだけ乗っていたこのパート・ドゥ・コワンを、その正体が何なのかよくわからないままに食べたことはあったが、これだけしっかり食べたのは初めて。そして、その魅力にハマってしまった。この自然な深みのある甘みと、チーズの塩気が相まって、おいしいチーズがさらにおいしくなるのだから。もちろん、さまざまなチーズとともに、自分用のおみやげに買って帰ったのはいうまでもない。


≪長晃枝(ちょうあきえ)/プロフィール≫
東京在住。アジアを中心に、旅モノと食べモノをメインテーマに飛び回る日々。この夏は、念願かなってアジア脱出! 久々に訪れたロンドン、そしてパリとパリ郊外のノルマンディーで、またまたおいしいものを堪能。
第8回:Cream tea クリームティー −イギリスー
連載『旅する胃袋』
文・写真:長晃枝(日本・東京)
Cream tea クリームティー
 タイトルを読んで「なんだ、今回は食べ物じゃなくてお茶の話か」と思われたみなさん、どうぞご安心を。クリームティーとは、クリームたっぷりの紅茶のことではなく、イギリスなどに古くから伝わる喫茶習慣のひとつ。遅めの午後に小腹を満たす、お茶とお菓子のことで、一般的には、たっぷりのポットティーとスコーンのセットをさす。

 イギリスのティータイムといえば、三段プレートに小さなサンドイッチやケーキが色とりどりに盛られた豪華なセットをイメージする人も多いだろう。しかし、イギリス人とて、みんながみんな、毎日そんなティータイムを過ごしているわけではない。とはいえ、夕飯のスタートが遅めのこの国では、午後のティータイムは欠かせない。そこで、このクリームティーを楽しむというわけだ。

 日本のおやつタイム、3時よりちょっと遅め、だいたい夕方の4時頃が一般的なクリームティーの時間。紅茶は、できればストレートでも楽しめるダージリンやディンブラなどすっきり系を選ぶとよいとされる。なぜなら、スコーンに添えるクロテッドクリーム(Clotted cream)がかなりヘビーだから。さらには、焼きたてのスコーンそのものや、クリームとともに欠かせないジャムの味わいを楽しむためとする説もある。ジャムは好みにもよるが、スタンダードなのはストロベリージャム。この組み合わせは、まさに絶妙の一語に尽きる。

 クロテッドクリームとは、高脂肪のミルクを弱火で煮詰め、一晩おいて表面に固まった脂肪を集めたもの。畜産が盛んなデボン州やコーンウォール州の名産のため、デボンシャークリーム(Devonshire Cream)、コーニッシュクリーム(Cornish Cream)などとも呼ばれる。表面は黄色く、クラストと呼ばれるざらつきのある膜で覆われており、その下にほんのり黄色いやわらかいクリーム層がある。60%程度とされる脂肪分も、またその味わいも、バターと生クリームの中間にあたり、ホイップドバターのような食感。スコーンには欠かせない名脇役である。

 そして、これは私のまったく個人的な見解だが、スコーンはおいしすぎてはいけない……と思う。甘味は小麦粉本来の甘味程度で、ややボソッとしていて、クロテッドクリームとジャムが加わって初めて完成される、アンサンブルのひとつのパートでなくては。ずいぶんといろいろなスコーンを食べ比べたが、東京で手に入る最近のスコーンは贅沢な材料を惜しみなく使っているのか、やけにリッチでしっとりやわらかかったりする。単体ではそれを「おいしい」というのだろうが、どうもピンとこない。

 はたして、ロンドンではイメージ通りの、上下にきれいにパカっと割れるボソッとしたスコーンに、日本ではなかなか手が出ない価格の本場もののクロテッドクリームをたっぷり、そしていちごジャムもしっかりのせて、思う存分その組み合わせの妙を堪能。ポロポロ崩れるスコーンの屑をこぼしながら「あ〜、シアワセ!」と心から感じられる午後のひとときを楽しんだのであった。

≪長晃枝(ちょうあきえ)/プロフィール≫
東京在住。アジアを中心に、旅モノと食べモノをメインテーマに飛び回る日々。この夏は、念願かなってアジア脱出! かつてはうまいものなしの悪評高かったロンドンでも、最近はけっこうおいしいものが食べられるようになったと噂には聞いていたけれど、たしかに久しぶりに訪れたロンドンでは予想を上回るおいしい旅が楽しめてよかった!

第9回 bánh xèo・バインセオ −ベトナム−
連載『旅する胃袋』
文・写真:長晃枝(日本・東京)
bánh xèo・バインセオ −ベトナム−
 アジア圏の料理は、見た目や味付けがかなり違っていても、やはりどこかにあい通ずるものがあるように感じる。ベトナム料理もそのひとつ。ごはんを食べる国という印象はさほどないが、確実に米文化圏である。ただ、その米をごはんという形だけでなく、さまざまに加工して使うところにベトナムらしさがあるのだろう。

 今やすっかり世界各地で知られるようになったフォーは米から作られた麺であり、ベトナム料理といえば誰しもイメージする生春巻き、ゴイクンも米粉を蒸してつくるライスペーパーで巻かれている。そして、米粉だけの加工品だけでなく、料理にも使われる。その代表的な料理がバインセオ(地域によってはバンセオとも発音される)。ベトナムでも、おもに南部で食べられる庶民の味である。

 小麦や米などのでんぷんの粉を水やだし汁、ミルクなどで溶いた生地を焼く、というスタイルの料理は世界各国にある。日本のお好み焼きやもんじゃ焼き、フランスのクレープなどがよく知られるところ。そして、このバインセオは、日本語ではベトナム風お好み焼き、欧米ではベトナム風クレープと呼ばれることが多い。

 実は私、この◯◯風という表現には、かえってイメージから外れていると思われるものも少なくないとつねづね思っているのだが、この料理もしかり。お好み焼きともクレープとも似て非なるものである。特徴は、ベトナム料理らしく米粉を使い、ココナッツミルクで溶くというところ。これに、うこん(ターメリック)を加えてパリっと焼き上げた皮で、炒めた具を包む。こんがりと焼けた半円形の黄色い生地なので、一見おおきなオムレツのようにも見える。

 具は豚肉やエビ、もやし、玉ねぎなどの野菜を炒めたもの。特にもやしは欠かせない食材で、しゃきっと歯ごたえが残るくらいにさっと炒めたもやしと、パリッとした皮がおいしいバインセオの必須条件。そして、もうひとつ特徴的なのはその食べ方。バインセオはレタスなどたっぷりの葉物野菜とともに供される。バインセオを手でちぎって、この葉っぱでくるくると巻き、酢、ヌックマム、砂糖、唐辛子などを合わせたスイートチリソースにつけて食べるのだ。

 各国にあるこのスタイルの料理の中でも、抜群に野菜がたっぷり摂れるのが大きな魅力。ぜひ、お好み焼きやクレープとの違いを感じつつ、味わってほしい一品である。

≪長晃枝(ちょうあきえ)/プロフィール≫
東京在住。アジアを中心に、旅モノと食べモノをメインテーマに飛び回る日々。秋から冬にかけては、おいしいものが目白押し。さすがの私でも食欲が落ちるほどの暑い夏のあとだけに反動がコワイ。

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